おすすめのトレード書籍の紹介。
2022年12月7日
大逆転の元ネタ
1983年に公開されたアメリカのコメディ映画に「大逆転」という作品がある。 原題は「Trading Places」で、名前の通りトレードを題材としたものだ。
エディ・マーフィーが主演を務めた2本目の映画で、ストーリーとしてはこんな感じ。
「人間、出世するのは血統か環境か」とケンカをした商品先物会社を経営するデューク兄弟が、社内で指折りのエリートでハーバード大学出身のウィンソープと、ホームレスのバレンタインの立場をすり替えてどういった結果になるかと、1ドルで賭けることにした。(wiki:大逆転)
随分と古い映画だが、面白いので見たことがない人は是非見て欲しい(できれば吹き替えで)。 ただ、今回話したいのはこの映画自体ではなく、その元ネタになったであろう実話についてだ。
共に成功したトレーダーであり、高校の同級生でもあったリチャード・デニスとウィリアム・エッグハートの2人の間で意見がぶつかった。 その議題は「有能なトレーダーは養成できるのかどうか」であった。
デニスには、誰でも訓練すれば勝てるトレーダーになれるという信念があり、エッグハートには、教育ではなく素質だという信念があった。デニスが養成できる方に賭けると言いだしたことで、ふたりの賭けがはじまったのだ。
この賭けを行うには、実際にトレーダーを養成してみて、勝てるようになるかを調べるしかない。 そのため、1983年と1984年の2回に渡り、この実験の被験者を募集するための広告がウォールストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズなどに出されたというのだ。
教えられた投資手法は実験終了後5年間は絶対に口外禁止という条件で、トレーダーの募集と育成が行われた。 「タートルズ (Turtle Traders)」と呼ばれた研修生は最終的に23人が育成され、その多くが成功を収めたことから『優秀なトレーダーは育成できる』という結論に至ったという。
映画の公開と広告出稿のタイミングが重なっているのに気持ち悪さを覚えるが、恐らく金も力もあった二人が自分たちの賭けにハリウッドも巻き込んだのだろう。
1冊だけなら
ふと、トレーダーを志す人に書籍を1冊だけオススメするとしたら、どの本だろうと考えた。 かなり悩むが、「1冊だけ」という条件が付くなら、この本だろう。
徳間書店から出版されている「タートル流 投資の魔術」という本。 著者は「タートルズ」の中の人で、それも最も若く且つ成績がナンバーワンだった人物だ。
まず、パン・ローリングスの本ではないので安い。実務書+物語の構成であり、翻訳も違和感を感じないので読みやすい。 内容は深いにも関わらず、専門用語の解説からはじまるので、トレード初心者でも読めるようになっている点もポイントが高い。
この本を読めば「実験終了後5年間は絶対に口外禁止とされた秘密の投資手法」を知ることができる。 なんてことを言うつもりはまったくない。 タートルズは皆同じ事をデニスから教わったのだ。だが、タートルズの成績には優劣がついた。 それは何故かというのが本書の核心となるだろう。
期待値が正となるルールを定めて、それに従う。違ったら切る。余計なことはしない。 たったこれだけなのに、如何に難しいか。 トレードに対する正しい考え方を身に付けるのに役立つという視点で言えば、私が知る限りではこの本が1番だと思う。
抜粋
人に勧めるのに、その根拠が昔読んで良かった記憶があるでは失礼なので、改めて読み返してみた。 ついでに気になったポイントについて、トレード全般に係る考え方に焦点をあてていくつかピックアップしてみる。
本書が扱うトレードスタイルは、システムトレードと呼ばれるカテゴリーだ。 ここでは触れないが、システムの評価方法などについてはかなり詳しく書かれている。
認知のゆがみ:結果偏向
結果偏向とは、ある決断の良し悪しを判定するのに、どの時点でどういう決断を下したかではなく、それがもたらす結果によって判定する傾向をいう。(中略)たとえアプローチのしかたが正しくても負けトレードになることがある。それも立て続けに何度もだ。そうなるとトレーダーは自信を失い、意思決定プロセスに問題があるのではないかと疑い始める。(P35-36)
以下、ルールが正の期待値を持つことが前提です。 トレードは4つに分類できます。結果偏向、つまり結果に重きを置いてしまうと、AとCが良いトレードだと判断することになります。
利益 | 損失 | |
ルールに合致する | A | B |
ルールから外れる | C | D |
これは誤りです。トレードの良し悪しを決めるのは損益ではありません。 正しいトレードの評価基準は「ルールに従ったものかどうか」のみです。 この表で言えばAとBが良いトレードとなります。
やっかいなのはBとCの扱いです。 損失が出たとしてもルールに従ったトレードであれば、それを良いトレードだったと思えるか。 利益が出たとしてもルール違反をしていれば反省の対象にできるか。 この2つには特に意識したいところです。
予測をしない
タートルはけっして、市場の動向を予測することをしない。そのかわり、市場がある特定の状態にあるという兆候を探す。これは重要なコンセプトだ。よいトレーダーは、市場がどう動くか予測しないが、市場が今どういう動きをしているかを示す兆候に目を向ける。(P44)
未来は誰にも分からない。完璧な予測は不可能です。パターン認識により現状を見極め、その状態で期待値の高いアプローチがあれば結果を気にせず飛び込む。 期待値がプラスとなるアプローチが無ければ何もしない。トレーダーは常に「確率」をベースに行動しなければならない。
支持抵抗線
支持線と抵抗線は市場行動によって生まれ、市場行動は3つの認知の歪み—係留(アンカリング)、直近変更、処理効果—によって引き起こされる。(P99)
- アンカリングとは、直ぐに手に入る情報に照らして価格を認知する傾向
- 直近偏向とは、直近のデータと経験をより重視する傾向
- 処理効果とは、含み益を伸ばすより利益を確定したがる傾向
支持抵抗の形成メカニズムは、知っておいて損は無い知識だろう。 3つ目の処理効果が支持抵抗に結びつくのがちょっと分かりずらいかもしれないが、ダブルトップなどがこれにあたる。
一貫性
偉大なトレーダーが並みのトレーダーと一線を画す点のひとつは、ほかの人たちが飽きて捨ててしまう手法を固守して、それで成功をおさめることだ。(P122)
いつも言うように、わたしのトレーディング規則を新聞で発表したところで、誰も従わないだろう。重要なのは、一貫性と自己規律だ。ほとんど誰だって、わたしたちが教えた内容の8割がたの完成度を持つ規則のリストをつくり出せる。その人たちにできないのは、ものごとが悪い方向へ進んでも、確たる自信をもってその規則を守ることだ。 (『マーケットの魔術師』に引用されたリチャード・デニスの言葉)
手元に「マーケットの魔術師」は無かったが、続編の「新マーケットの魔術師」はあった。3章にウィリアム・エックハートが登場しています。 紹介文は「驚異的な勝ち組タートルズを生み、年間収益率60%を誇る実践的数学者」です。続けて、タートルズたちへのインタビューも掲載されています。
トレードは単純
トレーディングがいかに単純かを知るにはずいぶん時間がかかるし、勉強も必要だ。大半のトレーダーは長い年月と失敗を経て初めて、ものごとを単純に保ち、基本を見失わずにいるのがどれほどたいへんなことかを思い知る。(P143)
人間は、複雑な着想のほうが単純な着想よりも優れていると信じたがる。リチャード・デニスがひと握りの単純な規則を使って数億ドル稼ぐ可能性があることを、なかなか理解できない人は多い。なんらかの秘密があるに違いないと考えるのも、無理からぬことだ。(P258)
確かに複雑なものの方が優れていると考えがち。 様々な状況へ対応できるようにエントリールールにフィルターを追加したくなるのも、こういったことの延長だろう。
自主独立
重要なのは、トレーディングシステムの規則に従うのに必要な信頼度を構築すること。(中略:どんなシステムであれ)過去のトレーディング・データを使って独自に調査を行うことが必須だ。他人からシステムがうまく働くと聞いただけでは十分ではない。他人が行った調査結果の概要を読んだだけでは十分ではない。自分でやらなくてはならないのだ。(P321)