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1期間の2項モデルでボラティリティを理解する


2021年10月12日

ボラティリティを変化させる

以下の記事で、「1期間の2項モデル」を用い、コールのデルタの計算を行った。

そこでは以下のような前提を置いたのであった。

  • 無配当の原株は、現在1単位800円
  • コールの権利行使価格は800円(ATM)
  • ATMのコールのプレミアムは218.18円
  • オプションはヨーロピアンタイプ
  • 満期までの期間は1年
  • 短期金利レートは10%(道中の変動しない)

そして、上昇の場合は原資産価格が+50%、下降の場合は原資産価格が-50% として、現在の原資産価格を変化させ、デルタがどのように変化するかを確認した。

この「原資産価格が上下に50%変動する」という仮定は、インプライド・ボラティリティ(IV)そのものだ。

であるなら、ボラティリティを上昇させればプレミアムも値上がり、ボラティリティを低下させればプレミアムも値下がりするはずである。

今回は、原資産の現在価格を変化させるのではなく、現在価格を800円に固定し、ボラティリティを変化させることで、ATMのコールの公正価格がどのように変化するかを確認してみようと思う。

おさらい

ブラック・ショールズ論文によれは、「原株1単位のロングに対し、$\frac{1}{\varDelta}$単位のコールをショートすれば、完全にヘッジされたポートフォリオを作ることができる」とされる。

$$ \varDelta = \frac{オプション価格の値動き}{原資産価格の値動き} $$

原資産価格の値動き

現在800円の原株は、1期間の2項モデル(上昇:+50%、下落:-50%)に従うと、満期において以下の2通りの値を取る。

  • 上昇の場合:800円 x 1.5 = 1200円
  • 下落の場合:800円 x 0.5 = 400円
  • 原資産価格の値動き = 上昇価格 - 下落価格 = 1200円 - 400円 = 800円

    オプション価格の値動き

    2通りの株価に対するコールの価値は以下のようになる。ただし、Sは株価、Kは権利行使価格(800円)。

  • 上昇の場合:max(S-K, 0) = max(1200-800, 0) = 400円
  • 下落の場合:max(S-K, 0) = max(400-800, 0) = 0円
  • オプション価格の値動き = 原株上昇の価格 - 原株下落の価格 = 400円 - 0円 = 400円

    デルタの計算

    $ \varDelta = \frac{オプション価格の値動き}{原資産価格の値動き} $

    $ \varDelta = \frac{400}{800} $

    $ \varDelta = \frac{1}{2} $

    原資産価格800円に対し権利行使価格800円(= ATM)のコールのデルタは0.5と計算できた。

    したがって、原株1単位のロングに対し、コールを2単位ショートすれば完全にヘッジできるはずである。

    ポートフォリオの将来価値

    株価が1200円に上昇した場合

    原株の返済売り 1200円 x 1単位 = 1200円
    コールの価値(権利行使される) -400円 x 2単位 = -800円
    合計 400円

    株価が400円に下落した場合

    原株の返済売り 400円 x 1単位 = 400円
    コールの価値(権利行使されない) 0円 x 2単位 = 0円
    合計 400円

    カバードコール戦略により構築されたヘッジポートフォリオは、株価が上昇しようと下落しようと、その将来価値は同じく400円となる。

    現在価値に割り引く

    いずれのケースにしろ、カバードコール戦略により構築されたヘッジポートフォリオの「将来価値」は400円であった。 では、「現在価値」はいくらなのか。これが分かれば、自ずとコールの公正価格も知れるはずだ。

    アービトラージによって無リスクで利益が発生しないなら、ヘッジポートフォリオの現在価値は、ヘッジポートフォリオの将来価値を短期金利レートで現在価値に割り引いた値に等しいはずだ。

    この考えが理論価格モデル導出するブラック・ショールズ論文の肝となる。「カバードコール戦略によって作られたヘッジポートフォリオがもたらすリターンは短期金利レートに等しい」とも表現できるだろう。

    現在価値(PV)と将来価値(FV)は以下のような関係にある。 ここで「r」は金利で、「t」は時間を表す。

    $$ PV(1 +r)^{t} = FV $$

    rに短期金利レート、tに満期までの1年を代入する。tは年ベースが用いられるのが一般的だ。 この式は両辺を「1 + r」で割ることで、以下のように書き直せる。

    $$ PV = \frac{FV}{1+r} $$

    PV(現在価値)は、FV(将来価値)を「1 +r」で割った値(割り引いた値)と言える。 このような現在価値の計算方法を「将来価値(FV)を短期金利レート(r)で現在価値(PV)に割り引く(discount)」と言う。

    コールの公正価格

    ヘッジポートフォリオの現在価値は、ヘッジポートフォリオの将来価値を「1 + r」で割ることで求まる。

    ヘッジポートフォリオの現在価値を以下のようにあらわす。

    $$ 1単位の原株 - \frac{1}{\varDelta} \cdot C $$

    後半部分は「コール(C)を1/$\varDelta$単位ショートする」という意味で、負の符号はショートポジションを示している。「・」は掛け算の記号である。

    原株は1単位当たり現在800円で売買されており、この価格を式に代入する。 1/$\varDelta$は、上記で計算したように2である。

    $$ 800 - 2C = \frac{400}{1 + r}$$

    短期金利レートは、前提により10%であるので、r=0.1を右辺の分母に代入する。

    $$ 800 - 2C = \frac{400}{1 + 0.1}$$

    この式をCについて解けば、求めるコールの現在価値、つまり理論上の公正価格(fair price)が分かる。

    $$ C = 218.18円 $$

    ボラティリティが60%のケース

    さて、ここからが本番だ。上記ではボラティリティ50%を想定したわけだが、これを60%とするとコールの公正価格はどう変化するのか。

    原資産価格の値動き

    現在800円の原株は、1期間の2項モデル(上昇:+60%、下落:-60%)に従うと、満期において以下の2通りの値を取る。

  • 上昇の場合:800円 x 1.6 = 1280円
  • 下落の場合:800円 x 0.4 = 320円
  • 原資産価格の値動き = 上昇価格 - 下落価格 = 1280円 - 320円 = 960円

    オプション価格の値動き

    2通りの株価に対するコールの価値は以下のようになる。ただし、Sは株価、Kは権利行使価格(800円)。

  • 上昇の場合:max(S-K, 0) = max(1280-800, 0) = 480円
  • 下落の場合:max(S-K, 0) = max(320-800, 0) = 0円
  • オプション価格の値動き = 原株上昇の価格 - 原株下落の価格 = 480円 - 0円 = 480円

    デルタの計算

    $ \varDelta = \frac{オプション価格の値動き}{原資産価格の値動き} $

    $ \varDelta = \frac{480}{960} $

    $ \varDelta = \frac{1}{2} $

    原資産価格800円に対し権利行使価格800円(= ATM)のコールのデルタは0.5と計算できた。 ボラティリティが上昇してもATMのコールのデルタは0.5で変わらない。

    したがって、原株1単位のロングに対し、コールを2単位ショートすれば完全にヘッジできるはずである。

    ポートフォリオの将来価値

    株価が1280円に上昇した場合

    原株の返済売り 1280円 x 1単位 = 1280円
    コールの価値(権利行使される) -480円 x 2単位 = -960円
    合計 320円

    株価が320円に下落した場合

    原株の返済売り 320円 x 1単位 = 320円
    コールの価値(権利行使されない) 0円 x 2単位 = 0円
    合計 320円

    カバードコール戦略により構築されたヘッジポートフォリオは、株価が上昇しようと下落しようと、その将来価値は同じく320円となる。

    コールの公正価格

    それでは、ボラティリティ60%の場合のコールの適正価格を計算してみる。

    $(800円 - 2C) (1.1) = 320円$

    $800円 - 2C = \frac{320円}{1.1} $

    $2C = 800円 - \frac{320円}{1.1}$

    $C = \frac{1}{2}(800 - \frac{320円}{1.1}) = 254.55円$

    ボラティリティが50%の場合は218.18円であったが、ボラティリティを60%にすると254.55円に値上がりした。

    ボラティリティが40%のケース

    次はボラティリティが40%のケースである。予想ではコールの公正価格は218.18円以下となるはずだ。

    原資産価格の値動き

    現在800円の原株は、1期間の2項モデル(上昇:+40%、下落:-40%)に従うと、満期において以下の2通りの値を取る。

  • 上昇の場合:800円 x 1.4 = 1120円
  • 下落の場合:800円 x 0.6 = 480円
  • 原資産価格の値動き = 上昇価格 - 下落価格 = 1120円 - 480円 = 640円

    オプション価格の値動き

    2通りの株価に対するコールの価値は以下のようになる。ただし、Sは株価、Kは権利行使価格(800円)。

  • 上昇の場合:max(S-K, 0) = max(1120-800, 0) = 320円
  • 下落の場合:max(S-K, 0) = max(320-800, 0) = 0円
  • オプション価格の値動き = 原株上昇の価格 - 原株下落の価格 = 320円 - 0円 = 320円

    デルタの計算

    $ \varDelta = \frac{オプション価格の値動き}{原資産価格の値動き} $

    $ \varDelta = \frac{320}{640} $

    $ \varDelta = \frac{1}{2} $

    原資産価格800円に対し権利行使価格800円(= ATM)のコールのデルタは0.5と計算できた。 ボラティリティが低下してもATMのコールのデルタは0.5で変わらない。

    したがって、原株1単位のロングに対し、コールを2単位ショートすれば完全にヘッジできるはずである。

    ポートフォリオの将来価値

    株価が1280円に上昇した場合

    原株の返済売り 1120円 x 1単位 = 1120円
    コールの価値(権利行使される) -320円 x 2単位 = -640円
    合計 480円

    株価が480円に下落した場合

    原株の返済売り 480円 x 1単位 = 480円
    コールの価値(権利行使されない) 0円 x 2単位 = 0円
    合計 480円

    カバードコール戦略により構築されたヘッジポートフォリオは、株価が上昇しようと下落しようと、その将来価値は同じく480円となる。

    コールの公正価格

    それでは、ボラティリティ60%の場合のコールの適正価格を計算してみる。

    $(800円 - 2C) (1.1) = 480円$

    $800円 - 2C = \frac{480円}{1.1} $

    $2C = 800円 - \frac{480円}{1.1}$

    $C = \frac{1}{2}(800 - \frac{480円}{1.1}) = 181.82円$

    ボラティリティが50%の場合の218.18円より安い181.82円が公正価格となった。

    ボラティリティとオプション価格

    ボラティリティの違いによる公正価格の変化

    60% 254.55円
    50% 218.18円
    40% 181.82円

    1期間の2項モデルを用い、ボラティリティの変化がオプション価格に与える影響を見てきた。

    ボラティリティが上昇するとプレミアムも値上がりし、ボラティリティが低下するとプレミアムも値下がりすることが1期間の2項モデルでも確認できた。

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